【刑訴法8】鑑定に関する問題

今回は、事例研究 刑事法Ⅱ刑事訴訟法 第4部 問題9を素材に、鑑定に関する問題について考えてみようと思います。今回は鑑定という大きなくくりで制度上問題となる点を検討するため、参考判例を中心に確認していこうと思います。

 

参考判例としては、強制採尿について必要となる令状に関し最決S55・10・23、私人による鑑定書の証拠能力につき最決H20・8・27、科学的証拠の鑑定結果の証拠能力につき最決H12・7・17、精神鑑定結果の拘束力につき最決S59・7・3および最判H20・4・25です。

 

強制採血に必要な令状

まず、鑑定の前段階となる被疑者の血液の採取について、いかなる令状によれば強制採血をすることが可能であるかが問われている。

 

参考判例としてあげたものは強制採尿のものであるからこの判例をそのまま援用することは当然できないが、ここでなされる議論をもとに強制採血の場合を検討することになる。

 

まとめ的に整理をしておけば、強制採尿には、医師をして医学的に相当と認められる方法により行わせなければならない旨の条件の記載をした捜索差押許可状により執行され、強制採血は、医師をして医学的に相当と認められる方法により行わせなければならない旨の条件の記載をした鑑定処分許可状と同条件を記載した身体検査令状を併用して執行することになる。

 

この両者で必要となる令状については議論があるところではあるが、実務的には上記のようになっていると説明されるため、これを記憶することで足りるだろう。強制採尿と強制採血との違いを考えれば、尿がいずれ体外に排出されるものであり、強制に身体的損傷をあたえず採取することができるといったところで、強制採尿の手続きではより緩やかな捜索差押許可状のみでの執行が可能とされている。

 

私人による鑑定の結果と証拠能力

本事例では、捜査機関の嘱託に基づくわけではなく、私人としてDが血液の分析を行い、この結果を報告書として提出されている。この報告書の性質と、証拠能力の有無を考えてみる。

 

まず、本事例の分析のような、特別の知識経験に属する法則またはその法則を具体的事実に適用した判断の報告は判例のいう鑑定の定義に当てはまる。そして、その判断報告を記載した報告書は、鑑定結果を記載した鑑定書ということになる。そして、供述を内容とする書面は、当該書面に記載された供述の内容の真実性を証明するために用いられる場合には、伝聞証拠となり、321条以下の伝聞例外に該当しない限り証拠能力は否定される(320条、伝聞法則)。すなわち、本件鑑定書は、鑑定結果という鑑定人の供述を内容とし、本件における立証趣旨は定かではないが、その内容の真実性の証明と考えられるから、伝聞証拠として、原則証拠能力が否定される。もっとも、鑑定書であれば321条4項により、鑑定人が法廷で真正に作成されたものであることの供述がなされれば、証拠能力を認めることができるとされている。しかしながら、刑訴法で考えられている鑑定人とは、裁判官に命じられて鑑定を行ったものと考えられており、何らの命を受けていない私人の場合にはこれを適用することはできないと言わざるをえない。そこで、この321条4項を私人の場合に準用できるかという問題が生じる。

 

参考判例では、目的となった報告書は321条3項書面であるとして証拠請求されたが、裁判所は321条3項の文言からこれを準用することはできないとした。しかし、報告書の性質上321条4項を準用することで証拠能力を認めることができるとしている。この判例には、3項文書と4項文書との区別が不明確となるという批判がなされているが、私人が行う場合には、五感の作用に基づいて認識した結果を記した実況見分調書と学術的経験に基づく法則を適用し判断した結果を記した鑑定書の区別がそもそも曖昧であることから、個別に検討するほかないようにも思える。現在では、少なくとも、特別の学識経験を有するものが、かかる学識経験に基づいて一定の実験を行い、その考察結果を報告したものについては、321条4項を準用できると考えることになるだろう。

 

鑑定結果の拘束力に

これまでの鑑定のもととなる証拠の収集方法や鑑定書の証拠能力といった問題と異なり、裁判所と鑑定結果との間の問題がある。つまり、裁判所が当該裁判上必要となる知識経験の不足を補うために第三者に鑑定を命じる場合、この鑑定結果に裁判所が拘束され、鑑定結果と異なる判断をすることが許されないのではないかという問題が生じる。

 

たしかに、本事例のように精神鑑定を命じた、被告人が心神耗弱か心神喪失かという判断は鑑定人に法的評価を命じているようにも思え、これが専門的知識経験から判断された場合には、裁判所の判断と当然になりそうである。しかし、鑑定により得られた結果としては、たとえ上記のようなものであっても、証拠資料の一つに過ぎないと考えるべきであり、これをいかに評価するかは裁判官の自由心証に委ねられていると考えることが妥当である。

 

もっとも、参考判例の後者では、精神障害の有無および程度等に関して、精神医学者の鑑定意見を採用しえない合理的な事情が認められるのでない限り、その意見を十分尊重して認定すべきであると判示している。

 

 

最後に、鑑定とは異なるが本事例では捜査機関が被疑者が出したゴミ袋の内容物を領置したことも証拠物の押収として令状の有無が問題となる。この点は、被疑者の出したゴミ袋の内容物の領地に関して判断した最決H20・4・15が刑訴法221条による遺留物の領置として無令状での押収を適法としている。

【憲法8】先端科学技術研究と学問の自由

今回は、事例研究憲法 第2部 問題7を素材に先端科学技術研究と学問の自由について考えてみようと思います。

 

今回は、非常に難しい問題であって、当然ながらこれの素材となった判例もなく、強いて言えばクローン羊ドーリーに関する問題くらいであり、明確な答えも存在しないように思います。基本書レベルでは触れられる程度でしょう。

 

そこで、今回は内容としては薄くなりますが、本書事例に素直に答えていく、すなわち、解説を整理して原告の主張および検察の反論をまとめてみるといった形にしたいと思います。

 

原告の主張1(法令違憲

まず、Xとしては自身の研究および特定杯の取扱は23条により保障される学問の自由の一つにあたり、これを規制するヒトに関するクローン技術等の規制に関する法律(以下、法という)が違憲である旨の主張を行うことになります。すなわち、

(1)クローン技術研究および特定杯の取扱いは学問の自由により保障される。

(2)先端科学技術研究は、学問の自由における精神活動的側面を有する重大なものである。

(3)先端科学技術研究が学問の自由として保障されるとしても絶対無制約ではない。もっとも、規制が許されるとしても正当な目的であって、その正当な目的に関連する必要最小限度の規制に限られる。

(4)法の目的は1条に定められている「人の尊厳の保持等」であるが、この意味としては、社会秩序の維持を含まず、人の生命および身体の安全の確保のみが正当化されるものと限定して考えるべきである。

(5)法が認める規制は広範であり、正当性を有する限定された目的と関連する必要最小限度の規制とは言えない。

(6)よって法は違憲である。

という流れになるであろう。このような主張の骨子に、先端科学技術研究の精神活動的意義を重点的に述べる必要があるだろう。正当化される目的が社会秩序の維持を含まず、人の生命・身体のみである点も、難しいところではあるが、先端科学技術研究の有する二面性(個人の精神活動的自由の側面と真理の探究という公共目的の側面)に気をつけながら、社会秩序の維持とは無関係な側面こそが重要であるという意識で論じたい。

 

検察の反論1

検察官としては、Xの主張する先端科学技術研究の精神活動的側面を認めつつ、公共目的の側面による正当化を主張することになるだろう。

すなわち、

(1)先端科学技術研究および特定杯の取扱などは、以下の理由から緩やかな審査基準によることが妥当である。

イ)先端科学研究は、個人の精神活動的側面のみならず真理の探究という公共目的の側面を有するものである。

ロ)クローン技術研究は多くのリスクを伴うおそれの非常に高いという特殊性がある。

ハ)特定杯に対する規制は、学問研究に付随する行為への規制であり、学問の自由を直接に制約するものではない。

(2)正当化の目的についても先端科学研究の特殊性から法1条所定の目的全てに及ぶとすべきであり、社会秩序の維持にも及び、限定をすることは必要ではない。

(3)法が規制するものは正当化される目的と関連するといえる。

(4)よって法は合憲である。

ということになるだろう。検察官の反論は答案上さほど文量を割く必要はないだろうから、きちんと原告の主張に対応するように反論を組み立てることが重要であろう。

 

原告の主張2(処分違憲

さらに、Xとしては、たとえ法が合憲であったとしてもBとCが被験者として名乗りをあげたという本件研究の特殊性を踏まえて、本件中止命令が処分として憲法に違反する旨の処分違憲の主張を行うことが考えられる。

すなわち、

(1)Xの本件研究が法の規制するものとは以下の理由から異なる。

イ)本件ではXの研究が被験者たるBCの同意の上で行われている。

ロ)女性同士の場合、他者の健康を害するといったおそれがない。

ハ)研究に使用される細胞が同意のある被験者の細胞で行われる。

(2)よって、本件研究を規制する中止命令は法を違憲的に適用しているため許されない。

 

検察の反論2

検察官としては、本件中止命令は適法である旨の反論を行う。すなわち、本件研究であっても法が規制するものと異ならないということを主張する。

すなわち、

(1)クローン技術研究における規制には専門家および立法府に広範な裁量権がある。

(2)本件における被験者の同意があっても、実験の結果によっては被験者には処分しえない社会秩序に大きな影響を与える可能性が高い。

(3)よって、法の規制目的に沿った中止命令であり適法である。

 

 

今回の問題も非常に難しいものでした。これを受験生レベルで検討せよというのはかなり無理があるような気がしますが、この本の第2部にはそのような問題が多くの掲載され、現に出題されているものもあるため、一度かんがえておくことでかなりの違いが出るのではないだろうか。ここで読んだ議論を理解することから始めよう。

 

また、本件解説において取り上げられている、特定杯の取扱については指針に委任されていることの適法性という主張は、上記の整理だとどのように絡めたら良いか悩んだため今回は入れなかった。また、BCの子を産む自由(13条)をXが主張するという第三者の権利の主張という憲法的な論点も含まれていたが、あまり現実的ではないような気がしたので取り入れなかった。

 

法律的知識だけでない多様な知見が論文を厚くするのだなということを感じた問題であった。

【行政法8】行政行為の撤回と法律の授権、撤回の手続法的検討

今回は事例研究行政法 第1部 問題3を素材に行政行為の撤回と法律の授権について考えてみようと思います。参考判例最判S63・6・17です。

 

 今回考えてみるのは行政行為の撤回と法律の授権についてですが、今回の事例に含まれている行政法学の基本的な点についても確認をしていこうと思います。

 

基本的な知識の確認

設問1ではXの提起すべき訴訟の形式と被告が問われています。ここでの基本的な知識としては、行訴法3条2項の処分の意義ですが、そもそも問題となっている「指定医師の指定の取消し」という行為が行政行為の撤回であり、これも行政手続法上の不利益処分に当たるという点を理解しなければなりません。

 

つまり、行政行為の取消しには、狭義の行政行為の取消しと行政行為の撤回という二つの類型があり、行政行為の瑕疵が原始的に生じているのか後発的なものなのかにより区別されます。そして、行政手続法上の「不利益処分」は、行政庁が法令に基づき、特定の者を名あて人として直接に義務を課しまたは権利を制限するものいいます。したがって、行政行為の撤回も権利を制限するものとして不利益処分にあたります。

 

なお、行政行為とは、法令に基づき行政機関が一方的に行う行為であり、これにより公定力が生じるものをいいます。

 

また、被告を考える上で、行訴法11条の被告適格の条文を確認する必要があります。11条は原則として処分を行った行政庁が属する国または公共団体を被告とすべきとする行政主体主義を採っている。しかしながら、同条2項は処分をした行政庁が国または公共団体に属さない場合には当該行政庁を被告とする旨の例外を設けている。そこで、被告を考えるには、当該処分を行った行政庁を確定しなければならないことになります。

 

この点、解説に付属するミニ講義の中に「行政庁が行う行為が行政行為なのではなく、行政行為を行うものが行政庁なのである」という明快な説明がなされています。つまり、当該処分(行政行為)を行う者が行政庁として認められ、当該行政庁がどのような性格を有しているかを検討することになります。本事例では「指定医師の指定の取消し(撤回)」という処分(行政行為)を行ったのは甲県医師会であり右医師会は公的機関ではないが当該処分における行政庁ということになる。そして、甲県医師会は国または公共団体に所属するものではないから甲県医師会自体を被告とすることになる。

 

さらに、Xが当該処分の違法性を主張する上で重要となるのは、取扱規則の法的性格である。一般に規則は法規命令と行政規則の分類でいう行政規則に当たるものであり、行政機関の内部的規律を定めたものにすぎない。行政規則はこのように国民の権利義務を制限するものではないため、法律の留保を必要としない。そこで、上記のように本件処分たる行政行為の撤回の理由とされる事由が取扱規則にあるため、これを根拠に行政行為を行ったとすれば法律の留保に反することになる。すなわち、行政行為の撤回に法律の授権が必要かという問題が生じるのである。

 

また、取扱規則の内容に着目してみれば、これは行政庁が処分(本件で言えば不利益処分)をする基準を定めているものと言え、すなわち処分基準の性質を有しているといえる。この処分基準は審査基準とともに裁量基準と言い換えられるが、その性質もまた行政規則であることが原則である。そこで、Xが主張する違法性の内容として、この裁量基準に関する実体的違法性の主張が考えられる。

 

行政行為の撤回と法律の授権

さて、だいたいのことは基本的な確認の中でやってしまったような気がしますが、行政行為の撤回と法律の授権について判例を確認していくことにしましょう。

 

この問題の内容は上述の通りで、行政行為の撤回も行政行為の一つであることから独自の法律の留保を必要とするのではないかという点にあります。もちろん、法律の委任を受けた法規命令において撤回についての留保がなされていればこれを根拠に行政行為を撤回することは何ら問題ないと思われます。しかし、本事例のように法令においては権限の付与についての規定しか設けておらず、権限の取消しについての裁量基準が行政規則により定められている場合には、問題となる。

 

ここで参考判例となっている菊田医師事件について判例百選をみても判旨が簡素であることに驚くばかりです。では、判例はどのように理解すべきなのだろうか。事例研究の解説を読むと、判例は当初行政行為の法律による授権にはその撤回の授権も含まれているという考え方を採っているとしています。つまり、本事例で言えば、指定医師の指定についての根拠規定において指定医師の指定の取消しについての授権もなされているということになります。そして、参考判例の射程についての問題はあるが、同様の問題についての判例の状況を整理すると、①まず撤回権の行使によって得られる利益と、これによって生じる不利益とを比較衡量し、②当該処分の放置が公共の福祉の要請に照らして著しく不当であると認められる場合かどうかを検討して、この場合にのみ撤回を許容するという検討手順を踏んでいるようである。参考判例が②についての検討をしていないように思えるのは、事例が撤回される者に有責性がある場合であるからとも考えられる。

 

以上はXの行政行為の撤回についても法律の授権が必要だという主張に対する甲県医師会側の反論となるが、判例に従えばこの点に関する限りで撤回は違法とは言えないだろう。

 

行政法も少しやらないと定義やら仕組みやらが抜けてしまうから網羅的にこなしていかなくては。

【民法8】代理受領と相殺

今回は、事例から民法を考える 事例11を素材に代理受領と相殺について考えてみようと思います。代理受領についての判例判例百選に掲載がありませんが最判S44・3・4です。

 

そもそも代理受領とは何か。正直なところ、この事例の解説を読むまでは知らなかった。基本書に立ち返れば、非典型担保のひとつとして記述されているが、なかなか理解が難しい。

 

まずは代理受領というのが一体どのようなものなのかを整理して、事例について検討してみよう。

 

代理受領とは

代理受領とは、債務者が第三債務者に対して有する債権について、債権者が取立てないし受領の委任を受け、債権者は第三債務者から受領した金銭を債務者に対する債権に充足することにより他の債権者に優先して債権を回収するものである。

 

もっとも、この優先弁済権は事実上のものであり、受領の委任を受けた者ができるのは「弁済の受領」にとどまるが、債務者が債権者に対して有する弁済金の返還請求権と被担保債権とされていた債権とを相殺することで簡易な決済を行うことができるというものである。

 

代理受領の実質は権利質とも言われるし、債権譲渡が行われた場合とも同様の効果を得ることができる。そして、実際の取引では債権譲渡したいが譲渡禁止特約が結ばれているなどの場合にも利用が可能となるため用いられているという。

 

しかし、本事例のように代理受領について承認を行った第三債務者が債務者に弁済ないし相殺の意思表示を行った場合には、債権者に与えられた代理受領の権限がどうなるのか、債権者が第三債務者になんらかの請求ができるかという問題が生じる。

 

代理受領の効果が債権譲渡と類似することから民法における債権譲渡の規定を考慮して考える必要がある。さらには、この考慮から導かれる一般的な考え方に事例の有する特殊性を加味することで事案に即した検討をしなければならない。

 

第三債務者による債務者への弁済

代理受領を承認した第三債務者が債務者へ弁済ないし相殺の意思表示をした場合に、どうしたらよいか。

 

たしかに代理受領を承認するという第三債務者の意思も加えられているが、代理受領により担保を設定する契約は債権者と債務者の間で結ばれるものである。さらに、第三債務者に対して、なんらの利益も与えない代理受領について弁済の相手方を拘束することは妥当ではない。他方で、代理受領が債権者と債務者の間での担保的機能を有することを知りつつ任意でその承認をしたということは、上記の利益をある程度制限されることを許容しているとも考えることができる。そこで、判例および通説は、

担保目的であることを知って第三債務者が債権の代理受領の承認をした場合には、その承認は、代理受領によって債務者に対する債権の満足を得られるという債権者の利益を承認した、正当の理由なく右利益を侵害しないという趣旨をも当然に包含するものと解すべきであるから、代理受領の承認後に第三債務者が債務者に弁済したときには、それによって当該債権は消滅するが、第三債務者は、その弁済するにつき正当な理由がない限り不法行為責任を負うとしている。

 

このように、第三債務者がした代理受領の承認によって生じる債権者の期待権ともいえるものを侵害したとして不法行為責任を負わせることで解決していくのである。しかし、これはあくまで第三債務者が債務者に弁済をした場合の事例であって、本件のように第三債務者が債務者に対して相殺をした場合にはどのように考えるか。

 

第三債務者の債務者に対する相殺

解説を読む限りでは、ここについての判例はないようである。

 

弁済をする場合との相違点は、第三債務者においても弁済による債務からの解放という利益のみならず相殺することによる担保的機能を期待するという利益が存することである。

 

そして、第三債務者としては譲渡禁止特約を設けることにより自己の債権について相殺の担保的機能に着目した利益を防御しているといえる。また、「債権譲渡と相殺」の論点における無制限説的な考え方によれば、たとえ代理受領の承認をしていたとしても右承認の前に相殺に供される両債権債務関係が生じていれば、相殺の期待権は保護されるものとして、第三債務者が債権者との関係で不法行為責任を負うこともないと考えられる。

 

これが一般的な考え方といえようが、事案が有する特殊性を考慮する必要がある。本件で言えば、BACが一連の本件施設の建設という計画の中で、相互に密接な関係を有していたという点がその特殊性を生じさせる。つまり、CはBが担保目的での代理受領を承認することを条件として、または承認することを信じてAとの契約を締結し、履行している。そして、BがAとの関係で相殺を行うことができたのも、Cのこのような履行があったからこそと言える。したがって、Bとしては、代理受領の承認をしたことによって自己の利益よりもCが代理受領により得る利益の方が優先することを認めていたということができる。このような特殊性を加味すれば、Cが有する利益をBがAとの関係において相殺をしたことで侵害したものとして、Bに対し不法行為責任を負わせることができるのではないだろうか。

 

 

判例百選によっても網羅できない論点があるのは当然ながら、未知の問題に対応する基本的な知識が必要だ。

【刑法8】クレジットカードの不正使用

今回は、事例から刑法を考える 事例18を素材に、クレジットカードの不正使用と詐欺罪について考えてみようと思います。参考判例最判H16・2・9です。

 

まず、本事例については、いつもの通り細かい論点を含んだ事実が多く散りばめられており、これを見逃さずにひとつひとつ解決していけるかを問われています。これらの気になった点は最後に述べるとして、本題であるクレジットカードの不正使用と詐欺罪の問題について早速みていきましょう。

 

クレジットカード不正使用の事案の分類

まず、クレジットカードと詐欺罪という論点においては大きく分けて二つの事案が考えられます。それは、「自己名義のクレジットカードの不正使用」という事案と「他人名義のクレジットカードの不正使用」という事案です。

 

実際には共通する論点も含まれているが、前者においては加盟店はカード会社から支払いを受けることができるとすれば、そもそも損害が生じているか、被害者は誰と考えるかと言った観点からの検討が必要になるが、後者の事案では、どのように詐欺罪の構成要件を認めるか(欺く行為をどのように構成するか)、財産上の損害は生じているかという観点から検討する必要がある。

 

また、後者の事案では、クレジットカードの利用される実態に即した妥当な判断をすべき場面が少なからず認められるため、これと詐欺罪の成立をどのように考えるかも重要な視点となる。

 

他人名義のクレジットカードの不正使用

本件はXYが窃取したA名義のクレジットカードを不正使用し、B店から30万円相当の宝石を買い受けている。この際、YがAであるように装っているが、クレジットカード使用時の署名はXが行っている点に本件の特殊性があるといえる。

 

もっとも、特殊性があるとしても一見して他人名義のクレジットカードを、通常のクレジットカード規約に反する方法で使用していることから詐欺罪における欺く行為があったと認定することも可能であろう。しかし、他人名義のクレジットカードの不正使用という類型は、名義人と装った者が当該クレジットカードの提示・売上票への署名などを行う場合を想定していると考えられる。そうであれば、名義人と装った者と売上票への署名を行った者が別であれば、欺く行為もこれと対応した構成をしなければならないと考えるべきなのかもしれない。ここには、現実的なクレジットカードの利用実態という観点も取り入れる必要が出てくるとも考えられる。

 

では、本件の特殊性をどのように構成するか。それは、XYが「Yが名義人Aであるように装い、Aの意思にもとづく署名をXがした」ような外観を作出したことを欺く行為と構成すれば良いのではないだろうか。これによりXYの共同実行も基礎付けることができる。

 

また、このように構成する視点として、クレジットカードの利用実態というものも加味することになろう。それは、家族間や夫婦間で利用の承諾がなされていることが少なからずあるということから本件においても「Xが名義人Aを装い署名した」という単純な構成よりも事実に即した構成が可能であろう。

 

この承諾のある場合というのが構成要件該当性の問題であるか違法性阻却事由のひとつと考えるかという問題もありそうではあるが、クレジットカード詐欺の被害者は財物を交付する加盟店であることから被害者の承諾としての違法性阻却と考えることよりも、欺く行為の該当性および財産上の損害の有無において検討することになるだろう。判例は、たとえ承諾があり、名義人による支払いがなされるとしても詐欺罪の成立には影響がないとしていることから、財産上の損害の有無とは無関係であると考えているようである。原審で「クレジットカードの使用状況等の諸般の事情に照らし、当該クレジットカードの名義人による使用と同視しうる特段の事情がある場合」には詐欺罪の成立を否定することを示唆していることから、やはり上記のようなクレジットカードの利用実態をも加味してそれが不正使用といえるか、すなわち欺く行為と言えるかという関係において評価することになると思われる。

 

その他の問題について

最後にこの事例に散りばめられている細かい点について注意喚起をも含めてメモしておこう。

 

まず、家出中の者が自宅に侵入するというケースでは、侵入する者がいまだ住居権者と言えるかという点から検討する。

 

所有権留保がなされている財物の処分は横領罪となるかを検討を要するが、詐欺により取得した財物を売却すると言ったケースでは不可罰的事後行為として成立が否定される。

 

目的物の売却を委託された者がその売却代金を着服した場合には、一般に横領罪が成立すると考えられているが、詐欺により取得した物の売却である場合、目的物およびその対価の所有関係をどのように考えるか。目的物を売却したことによって得た対価の所有は本来の目的物の所有者ではなく売却を指示した者について考えるべきである。よってこの際にも横領罪が成立する。

 

贈賄罪の検討をする上では、「職務に関し」という点について、職務密接関連行為という観点と一般的職務権限という観点の異なる観点があるということに注意し、前者は公的行為と私的行為との限界についてのもので、後者は公的行為であるが行為者自身がその職務を行うことについて、事務分掌等の観点から規制がある場合のものであることを理解する必要がある。

 

以上のように挙げただけでもどれだけこの事例が単純そうに見えて複雑かがわかる。解説も読みやすく、そして読者(学生)への配慮も怠らない良質なものであった。

 

 

【民訴7】書証の証拠力

今回は、事例演習 民事訴訟法 事例10を素材に書証の証拠力について考えていきます。参考判例最判S39・5・12です。

 

本事例では、直接的には書証の証拠力が問われているわけではなく、証拠収集手段について、特に文書提出命令およびビデオ会議による証人尋問の方法について聞かれています。もっとも、その前提となる書証の証拠力について、知識の確認と整理も含めて考えてみようと思います。

 

書証の分類と証拠能力

書証については、その性質から作成者の法律行為が記載された処分証書と作成者の事実認識が記載された文書である報告証書がある。処分証書は法律行為が記載された書証であるから訴訟においても重要性が高い。

 

この書証について、文書が書証たる証拠能力を有するかという問題がある。もっとも、刑事訴訟における証拠能力と異なり、民事訴訟においては原則として証拠能力が制限される証拠はなく、例外的に訴訟類型に特有の制約を課されることがあるのみである。

 

そこで、書証において重要なのはその対象となる文書がいかに証拠力を有するかという点にある。

 

書証の証拠力

証拠力という言葉は証拠価値とも言い換えられるが、これには形式的証拠力と実質的証拠力という意義がある。

 

形式的証拠力があるというためには、文書がその作成者とされている者の意思に基づいて作成されたものであることが必要とされる。これはすなわち228条1項が示していることである。誰が作成したか不明な文書は真正に成立したとはいえず形式的証拠力が否定される。すなわち証拠価値のない証拠とされるのである。

 

さらに、この特定人の意思に基づいて作成されたことの立証は書証の申出人が負う。確かに証拠に関する事実は補助事実として当事者による立証は不要ともかんがえられるが、立証責任を負わせることが弁論主義の第3テーゼに適うものであるといえる。

 

もっとも、文書が特定人の意思にもとづくことの立証は困難となることから、民訴法はこの文書の成立の真正について228条4項で推定規定を設けている。これはいわゆる二段の推定と言われるものであり、

私文書に存在する作成名義人の印影が同人の印章によって顕出された場合には、反証がない限り、その印影は作成名義人の意思に基づいて成立したものと推定されるとした判例を第1段目の推定(事実上の推定)とし、

その結果として、228条4項により文書全体が真正に成立したものと推定されるというものである。この第2段目の推定は法廷証拠法則とするのが通説である。

 

また、署名や印影のない文書であって、作成名義人が不明確である場合でも、要証事実との関係で特定の範囲内の者によって作成されたことが確定されることで、形式的証拠力を認めることができるとかんがえられる。

 

二段の推定とその反論

上記のような二段の推定が働く場合、これに対する反論をどのように考えるべきであろうか。

 

まず、一段目の推定を覆すための防御方法として、間接反証という考え方がある。つまり、印影の存在により「作成名義人の意思にもとづく作成」が事実上推定されることから、この事実と反し、裁判官に確信を抱かせないようにする立証活動をするということである。例えば、印鑑盗用の事実や多目的預託の事実であるとされる。

 

他方で、二段目の推定を覆すための防御方法はいかなるものとなるか。これは、二段目の推定、すなわち228条4項の性質を法定証拠法則と考えるか法律上の事実推定と考えるかにより立証の程度が異なる。通説のように法定証拠法則と考えれば、相手方当事者がこの推定を覆すのに反証で足りるが、法律上の事実推定と考えれば本証が必要となる。

 

事例研究民事法Ⅱ第2部問題2ではこの二段目の推定を争うという設問があり、ここでは、「委任状に判を押したことは認めるが、委任状交付時点では委任事項が空白であり、他に濫用された恐れがある」という主張がこの二段目の推定を覆す主張であるとされている。つまり、文書の作成については自己が押印し、自己の意思にもとづくものであるが、その文書の成立の真正は全体には及ばないという主張である。

正直なところ、この設問におけるこの主張のみでこの文書についての争いが解決するかは疑問であるが、どうやらこの様なことであるようである。

 

 

 

最近ではつくづく民訴の苦手さを実感している。基本書に立ち返り、細かい知識を過去の択一で確認しながら実のある議論ができるようにしたい。

【商法7】買収防衛策としての新株予約権無償割当

今回は、事例で考える会社法 事例14を素材に、買収防衛策としての新株予約権無償割当の問題について考えてみようと思います。参考判例は、ブルドックソース事件(最判h19・8・7)とニッポン放送事件(東京高決H17・3・23)です。

 

今回の事例では、前半部分で募集株式の発行の差し止めを求める方法について問われています。まず、この点を確認し、本題である買収防衛策としての新株予約権無償割当の問題について考えていこうと思います。

 

募集株式の発行の差止め

まず、本件事例でY社がN社に株式を発行する取締役会決議がなされたことから、Y社の既存株主たるX社がこれを差し止めようと考えている。

 

募集株式発行の差止めは会社法210条に規定されているが、その要件としては、法令定款違反がある場合(1号)と不公正な方法による場合(2号)とされている。

 

基本的な考え方として、法令定款違反については、取締役会における募集株式発行の手続き上の瑕疵の有無を検討することになり、さらには、当該株式発行が有利発行に当たる場合には、株主総会決議を経ているかという点が問題となる。また、後述する買収防衛策としての差別的条項が付されている場合には、この条項が株主平等原則に反するのではないかという点を検討することになる。他方で、不公正な方法による発行か否かの検討では、いわゆる主要目的ルールに沿った検討をすることになる。すなわち、当該株式発行が経営支配権の維持を主要な目的になされている場合には、著しく不公正な発行といえ、差止めが認められることになる。

 

募集株式発行の差止めでは、上記の要件とともに、当該株式発行がなされることにより株主に不利益が生じる恐れがあることも必要とされている点に注意が必要である。事例を検討する上では、会社法上の手続きの履践や株主の実質的な不利益などの検討をしっかりとする必要があるだろう。

 

買収防衛策としての新株予約権無償割当

では、本題である買収防衛策としての新株予約権無償割当の問題について考えていこう。

 

本事例も含めて、検討するべきは、ブルドックソース事件とニッポン放送事件になるであろうから、両判例を確認していこう。

 

どちらの判例においても、買収防衛策としての新株予約権の発行がなされ、これが実行されると買収を計画していた者の保有割合が著しく低下することになるため、当該新株予約権発行の差止めを申立てたという事案である。ニッポン放送事件では、買収者以外の者への第三者割当てであったのに対し、ブルドックソース事件では、全株主への無償割当という方法がとられたが、買収者については新株予約権の行使ができないとする旨の差別的条項が付されており、これにより買収者の保有割合を低下させる意図があった。

 

そこで、新株予約権無償割当についても差止めの規定(247条)が類推適用されるのを前提にブルドックソース事件では、右差別的条項が株主平等原則(109条)の趣旨に反するのではないか、そうであれば法令違反があるため差止めが認められると主張された。他方で、ニッポン放送事件では、会社経営支配権維持を目的としてなされる新株予約権発行は不公正であると主張された。

 

どちらの判例においても、最も重視されている点は、特定の株主が会社の支配権を取得することで、会社の企業価値が毀損され、会社の利益ひいては株主の共同の利益が害されると言えるか否かという点であろう。上記の記述はブルドックソース事件の判旨にそっているが、ニッポン放送事件においても、株主全体の利益保護という観点から当該新株予約権発行の正当性を肯定できるかという点を重視している。

 

判例の相違点としては、差別的条項を付した方法かどうかという点もあるが、その他に当該新株予約権発行の最終的な決定がいずれの機関によってなされたものかという点にもある。すなわち、ニッポン放送事件では、取締役会決議により当該新株予約権発行の決定がなされているのに対し、ブルドックソース事件では、株主総会決議を経て決定されている。取締役会設置会社であれば、新株予約権無償割当は取締役会決議で行うことができるが、最終的な意思決定を株主に委ねることで、当該新株予約権発行の正当化を図ることができるともいえるであろう。

 

最後に、ニッポン放送事件によって例示された敵対的買収者の類型を確認しよう。

①真に会社経営に参加する意思がないにもかかわらず、ただ株価をつり上げて高値で株式を会社関係者に引き取らせる目的で株式の買収を行っている場合(いわゆるグリーンメイラー)

②会社経営を一時的に支配して当該会社の事業経営上必要な知的財産権、ノウハウ、企業秘密情報、主要取引先や顧客等を当該買収者やそのグループ会社等に移譲させるなど、いわゆる焦土化経営を行う目的で株式の買収を行っている場合

③会社経営を支配した後に、当該会社の資産を当該買収者やそのグループ会社等の債務の担保や弁済原資として流用する予定で株式の買収を行っている場合

④会社経営を一時的に支配して当該会社の事業に関係していない不動産、有価証券など高額資産等を売却等処分させ、その処分利益をもって一時的な高配当をさせるかあるいは一時的高配当による株価の急上昇の機会を狙って株式の高価売り抜けをする目的で株式買収を行っている場合

 

これらの類型は例示列挙であり、その他の場合にも認められる場合があり、これらに当たる場合であっても実質的な検討が必要になる。