【刑法4】原因において自由な行為

今回は、事例から刑法を考える 事例14です。

 

事案は、Xが飲酒後に妻Aを暴行し傷害を負わせ、その後Xが自己に覚せい剤を注射し、急性中毒症状を引き起こした。この隙に逃げようとしたAが鉢合わせた配達業者Yと会話をしているところ、Xが妄想を抱き、出刃包丁によりYAに襲いかかった。Yは自己に被害が及ぶことを避けるためにAを家に押し戻しドアを押さえた。これにより逃げられなくなったAはXにより刺され死亡した。Xはその後も妄想により出刃包丁を振り回していたところで息子であるBを踏み殺した、というものである。事案に付け加えてXが飲酒時には完全な責任能力があったが、覚せい剤注射により意識障害を起こし、包丁を持ち出した以降は、自己の行為の是非善悪を弁別し、その行為を制御することが著しく困難となっていたとされる。

 

考えるべきは、XおよびYの罪責である。Yについては、XのAに対する殺害行為について何らかの関係を認めるかという問題であるため、まずはXの罪責について検討していくことになる。

 

Xの罪責について

XにAに対する暴行および結果として傷害罪が成立することには問題がない。

 

問題となるのは、やはりXが覚せい剤を注射した後に責任能力が減弱したことをどのように考えるかというところである。

 

もっとも、責任能力が減弱しているとしても、検討方法としては、一般的な構成要件該当性を検討し、これに39条2項を適用することになるかを検討することになる。

 

Xは、人を殺すという故意を持って出刃包丁にて刺し、Aを出血死させていることから、殺人罪の構成要件に該当する。もっとも、結果行為当時Xは心神耗弱状態であったことから39条2項を適用し、刑の必要的減軽がなされるのではないか。

 

ここで、Xには原因行為を行った時点において結果に対する責任非難が可能な事情があったとして、上記の殺人罪について39条2項の適用を否定することができるのではないかという考え方ができるため、この点についての検討を要する。これがいわゆる原因において自由な行為の理論である。

 

解説においては、多数説による事案解決以上に理解を深めるために多彩な学説が紹介されているが自分のメモとして整理するにとどめる。まず、構成要件モデルと言われるのは、原因行為が構成要件該当行為であり、これに結果に対する故意過失が認められるかを問題とする考え方、責任モデルと言われるのは、結果行為を構成要件該当行為であるとし、先行する事情により責任低減を埋められないかとする考え方である。さらには、このような責任をさかのぼらせるのではなく原因行為を実行行為とした犯罪の成否を問題とする間接正犯類似説がある(構成要件モデルの一種ともいえそうである)。

 

たしかに、このような多様な考え方が存在する中で、結局のところどのように処理し、結論を導けば良いのかという点が、不明確のように思う。そこに、本質的ではない「問題の難しさ」がある気がする。

 

「ひとつの考え方」を参考にするならば、責任主義からの要請である、責任と行為の同時存在の原則にしたがい、原因において自由な行為理論を否定し、すなおに殺人罪に39条2項を適用することになる。解説ないの記述を見る限り、構成要件モデルにおける帰結のように考えられる。

 

取り上げられている判例最大判S26・1・17)はたしかに著名な判例であるが、責任無能力状態で殺害行為を行ったケースが過失犯としての処理となったという点を説明しているが、本件事案における私の理解を助けるヒントにはならなかった。百選掲載の最判S43・2・27は、限定責任能力においても原因において自由な行為の理論に近い判断がなされているが、このケースでは39条2項の排除がいずれの考え方でも導けると言え、明確な判断基準を示したとは言えず、答えを得ることはできなかった。

 

このように判例においても学説においても多様な判断ではあるが、原因において自由な理論に近い考え方は承認されているようにも思えることから、責任と行為の同時原則をもって理論そのものを否定するよりは、理論に沿った基準を事案に即して定立し、これに当てはめた上で結論をだすことも、悪い選択肢ではない気がする。

 

本件事案を分析すれば、Xが覚せい剤を注射した原因行為時点ではAを殺害する故意ないし予見可能性が認められないことから、やはり殺害行為に対する39条2項の適用は認められることになるであろう。

 

これは、Yに対する殺人未遂罪の成立においても同様である。

 

もっとも、Bを踏み殺した行為については、覚せい剤を注射することによる急性中毒症状によりBを踏みつけることに対して予見可能性が認められるとすれば、これについて重過失致死罪が成立し、39条2項の適用は排除されるべきであろう。

 

Yの罪責について

本事案では、Yは被害者的立場ではあるが、自己への被害を免れるためAを出刃包丁を振りかざすXのいる家に閉じ込めるという行為を行っており、これにより逃げられなくなったAはXにより殺害されている。そこで、YについてもXの殺害行為に関連して責任を負わないか検討する必要がある。

 

YはXと共同してAを殺害したと言えないか。殺人罪の共犯が成立するかが問題となる。もっとも、共同正犯においては共同の意思が必要とされるため、教唆においては犯意を生じさせる必要があるため、成立しえない。他方で、幇助においては、共同の意思がなくとも可能であり、これが文言上も逸脱しないことから、片面的幇助犯を認め、YはXのAに対する殺人罪の幇助の責任を負うと考える。

 

この点、Yは自己への被害を避けるためこのような行為を行っていることから、緊急避難の成否も問題となるが、Yが逃げることが可能な状況であったことから、やむを得ずにした行為とは言えず、補充性を欠く。また、補充性を欠く場合には過剰避難の基礎を欠くとする多数説に従えば、Yに過剰避難の成立も認められない。

 

 

原因において自由な行為、有名な論点だし、聞いたことのないということはないだろうけど、理解しているかと言われてみれば、難しい。問題を解けるかと言われてみれば、やはり難しい。結局のところ、責任と行為の同時原則の例外として認めるべき事案なのかを分析するしかないように思う。