【民訴4】主張・立証責任を負わない者の行為義務

今回は、法学教室2016年5月号 演習 民事訴訟法を検討していきます。

 

といっても、今回の問題は演習というより論点研究みたいな感じで、一応事例形式になっているけれど、問題も短く、事実が多くあるわけではないです。

 

とりあえず、事例としては、手術による後遺症に対し損害賠償を求める訴えを提起したもので、原告は請求原因に「医師に過失があった」旨の記載はあったが、具体的事実は記載されていない。これに対して被告は、「否認する」とだけ述べた、裁判所はどうすれば良いか。というもの。

 

正直に言えば、本当にこれだけの問題文で一体何を答えたらいいのか、悩む。唯一気づけるとすれば、過失についてはその要件事実としては過失を基礎付ける評価根拠事実を主張しなければならないのであるから、本件の原告が過失があった旨の主張のみであるとすれば、裁判所が被告の否認に関わらず、棄却判決をすることができると考えられる点くらい。

 

そこで、解説を踏まえてこれがどの様な問題だったかを検討していこう。

 

単純否認・積極否認

まず、この問題の本質的部分に踏み込む前に、民事訴訟法の基礎知識の確認をしておきたい。

 

原告の主張(主張・立証責任を負う者の主張)に対する相手方当事者の応答は、「認める(自白)」「争う(否認)」「不知」および「沈黙」がある。

 

ここで、否認をする場合には、ただ相手方の主張を否定するのみの単純否認と、これに理由を付する積極否認の二つがあるとされている。そして、民事訴訟規則79条3項は、準備書面により否認をする場合には、積極否認であることが義務付けられている。もっとも、これに反したとしても主張が却下されるものではないから、訓示規定である。

 

ここまで確認してきたが、本件の様に準備書面によるとはされていない場合には、単純否認も認められていることから、上述の通り、原告の主張には、過失を基礎付ける評価根拠事実が述べられていないため、主張自体失当として、棄却される様にも思える。では、次に本問の本題であろう部分を検討する。

 

主張・立証責任を負わない当事者の行為義務

本問のような医療過誤訴訟やその他専門的な訴訟においては、訴えを提起する者と被告となるものの関係上その有する訴訟資料・証拠資料の差が生じる。このような状況の場合、原告が「過失」のような規範的要件を基礎付ける評価根拠事実に対応する証拠を有していない場合、これを主張することができなくなる。たとえ原告における推測において主張を立てたとしても、相手方が単純否認をするにとどまり、訴訟資料が提出されない場合には、原告の主張は認められない可能性が高い。

 

そこで、このような場合に、主張・立証責任を負わない者に対して何らの対応をしないで勝訴させることが妥当であるかが問題となる。つまり、裁判所としては、被告が単純否認のみをしている場合に、なんらの処理もせずにいてよいのだろうかということである。

 

ここまでくると、何となく、道筋が見えてくるようにも思える。

 

ここで、参考判例としてあげられている最判H4・10・29を考えてみる。伊方原発訴訟である。確かに、この判例は、原告らの取消訴訟において、原発に関する資料が行政庁にあることから、本来であれば原告が請求原因として主張しなければならない審査基準および処分の不合理性について、行政庁にまず、不合理ではないことを主張・立証させてからこれを判断するという手法を取っている。

 

自分の理解では、この判決は一種の立証責任の転換の例なのかと思っていたが、実体法上の立証責任の転換とは意味合いが異なり、主張・立証責任を負わない者に何らかの行為義務を負わせたものと理解すべきのようである。

 

判例百選における同判例の解説と本問の解説は重なるところがあるが、この判決におけるこの手法がどのような法律構成に基づくかは学説において幾つかの理解が示されている。もっとも、どの理解においても、判例を支持し、情報や知識、証拠の保有に関して格差が生じる場合に、主張・立証責任を負わない者が消極的な行動選択をすることによって勝訴することを是としない点では一致しているようである。

 

最後に、本問解説でピックアップされている「具体的事実陳述=証拠提出義務」を課すという見解の要件を確認する。

 

この見解は①証明責任を負う当事者が事象経過の外におり、②事実を自ら解明する可能性を有していないが、③相手方は難なく必要な解明を与えることができ、かつ、④具体的事件の事情から見て解明を相手方に期待することができることを要件としている。これらの要件が具備する場合に相手方が協力をしないことは信義則に反するとするのである。また、④については「特別の接触点」と表され、証明責任を追わない者の先行行為があることというふうにも言い直されている。

 

本件では、被告による医療過誤があったことが原因とされ、実際上これについての「過失」の評価根拠事実につき上記要件を具備すると考えられるのであれば、被告が単純否認のみをすることは信義則に反し許されず、被告の陳述自体が却下されることになるのであろう。

 

 

伊方原発訴訟の判例も何度も見た気がするけど、やっぱりまだまだ理解していない点がある。こういう単純な事案においても民訴の基礎知識から確認して、考えられる領域を広げていきたい。