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【憲法7】報道の自由、取材の自由

今回は、事例研究 憲法 第2部 問題6を素材に、報道の自由について考えてみようと思います。

 

今回の事例も、市委員会傍聴を制限したY市委員会条例についての法令違憲、本件不許可処分についての処分違憲、ならびに条例の平等原則違反というXの主張について検討していくものになっています。この主張形式はとくに特殊な点はないように思われるので、今回は、本件事例で気になった点をピックアップして考えてみようと思います。

 

報道の自由について

まず、本件事例ではフリージャーナリストであるXがY市職員厚遇問題などについての取材を目的として市委員会の傍聴を申請したところ、本件条例に基づき不許可とされている。したがって、法令違憲として本件条例が報道の自由を制約するという主張をすることになる。そこで、報道の自由について少し考えてみます。

 

憲法は、報道の自由を明文で保障しているわけではない。しかし、報道の自由は一般に憲法21条1項の保障に含まれると考えられている。これは、博多駅事件(最大決S44・11・26)においても明示されている。この判例の決定要旨を見ると

「報道機関の報道は、民主主義において、国民が国政に関与するにつき、重要な判断の資料を提供し、国民の「知る権利」に奉仕するものである。」

ことを理由に報道の自由を認めている。また、報道の自由の前提となる取材の自由については

「また、このような報道機関の報道が正しい内容をもつためには、報道の自由とともに、報道のための取材の自由も、憲法21条の精神に照らし、十分尊重に値するものと言わなければならない。」

としている。これらの関係については学説の対立もあるが、報道については保障を明言しているのに対して、取材についてはこれを避けている点には注意する必要があるだろう。

 

以上のように、報道の自由と取材の自由も憲法上の保護をうけることはすでに確立している。もっとも、これまで問題とされてきた報道の自由と取材の自由は、本来オープンである場合にもかかわらず公権力による制限がなされたことに対する防御権の主張としてなされたものであった。しかし、本件事案においては、市委員会という本来オープンである場合とは言えないが、報道及び取材のためにオープンにせよという請求権的主張であるところに特殊性がある。

 

もちろん、Xとしては、市委員会が本来オープンである(市委員会を傍聴する権利を有している)という前提に立って主張を展開する必要がある。ここからは委員会についての制度的な話になるが、地方自治において議会の審議の実質的中心が委員会にあるという点を強調し、さらには憲法上議院の会議および地方公共団体の議会の会議は公開が原則とされている(憲法57条1項、地方自治法115条1項))ことを理由にXの主張を基礎付けることができる。

 

他方で、委員会については地方自治法上も条例に委任がなされているから、議会の公開原則は委員会には及ばない旨が反論となる。

 

また解説で興味深い点は、取材の自由が制度的保障であるという考え方である。この考え方の元になっているのは、裁判の公開と傍聴人によるメモ行為の自由が問題となったレペタ事件において、裁判の公開が制度的保障であって、傍聴する権利を認めたものではないという判断である。これに取材の自由を当てはめれば、報道のために取材をするに公権力による制限はなされるべきではないという制度は保障されているが、取材をするための請求権までをも認めることはできないということになるのであろう。

 

取材の自由と法の下の平等

本件事案での特殊性としては、上記の請求権的性格だけでなく、Xがフリージャーナリストであって、これまで市委員会を傍聴することができたものが市政記者クラブの会員であることから不許可処分とされた点であり、つまり、フリージャーナリストである事と市政記者であることにより不合理な区別がなされているのではないかという問題がある。

 

この問題を考えるには、記者クラブという団体の性質を考える必要がある。記者クラブは単なる私的団体ではあるが、その加入には要件が設けられ、閉鎖的な団体と言っていいだろう。その機能役割は、迅速的確な報道や情報公開の促進、報道上の調整、市民からの情報提供の共同の窓口などがあるが、本件事案のように記者クラブの記者であることで取材についての便宜を受けることができるなどの利点があるが、そもそも記者クラブに入会していないとこのような便宜を受けられないとすれば、記者クラブから排斥されないような報道をすることになり、報道機関が権力にとって都合のいいものとなるのではないかという批判もある。記者クラブ自体を違憲とする考えもあるようである。

 

このような市政記者であることで便宜の受けられるか否かが決せられるのは法の下の平等に反するという主張を展開するには、合理的理由がないことを強調することになる。注意が必要なのは、記者クラブの入会の判断に市が関係しないという点である。

 

合理的理由の検討ですべきなのは、取材をする者の能力を選定する必要があるのか、仮にそれが必要であるとして、記者クラブの記者がそれに当たるとする基準が妥当なのかという点である。

 

 

有名新聞社記者・民放記者これらの者にその能力があるかは最近では疑いがありそうなものである。