【憲法10】財産権の規制

今回は、事例研究憲法 問題9を素材に財産権の規制について考えてみようと思います。素材判例最判H15・4・18です。

 

まず、この問題を読んだときにはこれまでの事例問題とは異なり、私人間における民事上の請求が問題とされている点に戸惑いを覚えました。問題文の冒頭には証券取引法の改正についての記述があり、憲法の事例問題といえば確かにその要素もあるけど、くらいにしか考えず何が本質的な問題なのかは見抜くことができませんでした。

 

そこで、事例を整理した上で、この問題の本質的な狙いの部分を明らかにしていこうと思います。

事実の整理

まず、証券取引法の改正については措いておくとして、XはY社のすすめで自己の資産を運用することとし、B信託銀行と特定金銭信託契約を締結し、Cを顧問とした。その際、この資産運用においてXに損失が生じた場合にはY社が損失補填・損失保証する旨の本件保証契約も締結していた。

 

もっとも、この保証契約は改正前証券取引法においても違法とされていたが、刑罰は科されず通説的に当事者間での契約は有効に成立するものと解され、運用されていた。そして、改正証券取引法においてはこの保証契約に関して刑罰が科される厳罰化がなされた。

 

Xは資産運用において損失を被ったことから、改正証券取引法が施行された日以後において本件保証契約に基づく履行請求を行ったが、Y社は改正証券取引法において刑罰化されたことを理由にこれを拒んでいるという状況である。

 

そこで設問としては、Xは誰にどのような請求をすることができるかが問われている。

Xの主張

Xとしては、まずY社を相手に本件保証契約に基づく履行請求訴訟を提起するところから始めるべきである。これは純粋なる民事上の請求であるが、これが認められればXとしては問題がないのである。

 

しかしながら、民事上の請求が認められ、Y社が履行義務を負うと解すれば、Y社はこれにより刑罰を受ける可能性があるため、裁判所により犯罪が行われることが助長されるという自体になりかねない。そこで、裁判所が当該履行請求を改正証券取引法の規定に基づき否定することを見越し、予備的に「仮に本件保証契約に基づく履行請求が改正証券取引法の規定に抵触するため認められないとするならば、右規定はXにおける自由な財産権の処分を制約するものとして憲法29条1項に反し違憲無効である。そうであれば、本件履行請求も認められる。」との主張を追加することになろう。そして、これが本事例における憲法上の問題点ということになる。

 

ここで注意が必要なのは、もし改正証券取引法が施行された後に本件保証契約を締結していた場合には、そもそも右契約は公序良俗に反し無効となる(民法90条)、つまり、上記主張は「改正証券取引法が施行されたとしても、施行前に締結された保証契約は有効に成立するが、その履行請求が施行後になされる場合には認められない」との立場にたっていることである。上記予備的主張を追加する際に指摘する必要があるかもしれない。

 

さらに、Xとしては、Y社に対する訴訟とは異なり、国に対しても請求を立てることが考えられる。それは、改正証券取引法により財産権の制約がなされ、これが公共の福祉により正当化されるとしても、29条3項に基づく正当な補償を必要とするというものである。この点が、設問において「誰に対し」とわざわざ記述したねらいであろう。

 

財産権の制約と違憲審査基準

では、このように憲法上の問題点が見えてきたところで、Xの主張の当否について考えてみる。

 

本件のように財産権の制約が正当化されるかを判断する審査基準としては、経済的自由権において用いられる規制目的二分論に立脚するかいなかをはっきりとしなければならない。結論を先取りすれば、本件の場合には、この二分論により基準を定立することは困難であろうと考えられる。つまり、改正証券取引法の規制目的は①証券市場における価格形成を正常化すること及び②投資家の市場に対する信頼を守るというものが挙げられているが、これは当然ながら消極目的とはいえず、さらには経済的弱者を保護すると言った積極目的とは言い難いものである。

 

そこで、同じ29条の財産権侵害における審査基準を定立した森林法違憲判決を参考にすることが有用であると思われる。右判決の判旨は有名であるが、その分重要である。すなわち、財産権の規制が29条2項の公共の福祉に適合するかは、規制の目的・必要性・内容と制限される財産権の種類・性質およびその程度等を比較衡量して決すべきであり、「立法の規制目的が…公共の福祉に合致しないことが明らかであるか、又は規制目的が公共の福祉に合致するものであっても規制手段が右目的を達成するための手段として必要性若しくは合理性に欠けていることが明らかであって、そのため立法府の判断が合理的裁量の範囲を超えるものとなる場合に限り、当該規制立法が憲法29条2項に違背」し、無効と解するのが相当であるとしている。

 

Xとしては、この基準に則り、添付されている学説において批判されている点を指摘し、合理性ないし必要性を欠いていることが明らかだとして違憲の主張を構成することになろう。他方で、Y社としては、規制目的二分論における積極目的規制に分類できるとの主張も考えられるが、最終的には森林法判決の基準においても、合理性および必要性は認められるとの主張を展開することになろう。

 

最後にXが国を相手に損失補償を求める訴訟を提起した場合の主張としては、当然ながら証券取引法に損失補償請求権を基礎づける条項がないとしても29条3項を根拠として請求することができる旨、そして、損失補償が必要か否かについては特別犠牲説に則り主張することになる。この特別犠牲説による主張の方法というのも初めて事例問題として考えることになったような気がするが、解説に記載のあるように、侵害行為の対象が特定個人・集団であるとの形式的要件と、侵害行為が財産権に内在する社会的制約として受忍すべき限度を超え、財産権の本質的内容を侵すほど強度のものであるという実質的要件の主張が必要なる。

 

事例研究憲法の第二部に掲載されている問題はこれまでのテンプレ的な問題とは一線を画するものが多く、考える力を養うにはとても良いが、自分の考えの足りなさを痛感するばかりである。