【憲法8】先端科学技術研究と学問の自由
今回は、事例研究憲法 第2部 問題7を素材に先端科学技術研究と学問の自由について考えてみようと思います。
今回は、非常に難しい問題であって、当然ながらこれの素材となった判例もなく、強いて言えばクローン羊ドーリーに関する問題くらいであり、明確な答えも存在しないように思います。基本書レベルでは触れられる程度でしょう。
そこで、今回は内容としては薄くなりますが、本書事例に素直に答えていく、すなわち、解説を整理して原告の主張および検察の反論をまとめてみるといった形にしたいと思います。
原告の主張1(法令違憲)
まず、Xとしては自身の研究および特定杯の取扱は23条により保障される学問の自由の一つにあたり、これを規制するヒトに関するクローン技術等の規制に関する法律(以下、法という)が違憲である旨の主張を行うことになります。すなわち、
(1)クローン技術研究および特定杯の取扱いは学問の自由により保障される。
(2)先端科学技術研究は、学問の自由における精神活動的側面を有する重大なものである。
(3)先端科学技術研究が学問の自由として保障されるとしても絶対無制約ではない。もっとも、規制が許されるとしても正当な目的であって、その正当な目的に関連する必要最小限度の規制に限られる。
(4)法の目的は1条に定められている「人の尊厳の保持等」であるが、この意味としては、社会秩序の維持を含まず、人の生命および身体の安全の確保のみが正当化されるものと限定して考えるべきである。
(5)法が認める規制は広範であり、正当性を有する限定された目的と関連する必要最小限度の規制とは言えない。
(6)よって法は違憲である。
という流れになるであろう。このような主張の骨子に、先端科学技術研究の精神活動的意義を重点的に述べる必要があるだろう。正当化される目的が社会秩序の維持を含まず、人の生命・身体のみである点も、難しいところではあるが、先端科学技術研究の有する二面性(個人の精神活動的自由の側面と真理の探究という公共目的の側面)に気をつけながら、社会秩序の維持とは無関係な側面こそが重要であるという意識で論じたい。
検察の反論1
検察官としては、Xの主張する先端科学技術研究の精神活動的側面を認めつつ、公共目的の側面による正当化を主張することになるだろう。
すなわち、
(1)先端科学技術研究および特定杯の取扱などは、以下の理由から緩やかな審査基準によることが妥当である。
イ)先端科学研究は、個人の精神活動的側面のみならず真理の探究という公共目的の側面を有するものである。
ロ)クローン技術研究は多くのリスクを伴うおそれの非常に高いという特殊性がある。
ハ)特定杯に対する規制は、学問研究に付随する行為への規制であり、学問の自由を直接に制約するものではない。
(2)正当化の目的についても先端科学研究の特殊性から法1条所定の目的全てに及ぶとすべきであり、社会秩序の維持にも及び、限定をすることは必要ではない。
(3)法が規制するものは正当化される目的と関連するといえる。
(4)よって法は合憲である。
ということになるだろう。検察官の反論は答案上さほど文量を割く必要はないだろうから、きちんと原告の主張に対応するように反論を組み立てることが重要であろう。
原告の主張2(処分違憲)
さらに、Xとしては、たとえ法が合憲であったとしてもBとCが被験者として名乗りをあげたという本件研究の特殊性を踏まえて、本件中止命令が処分として憲法に違反する旨の処分違憲の主張を行うことが考えられる。
すなわち、
(1)Xの本件研究が法の規制するものとは以下の理由から異なる。
イ)本件ではXの研究が被験者たるBCの同意の上で行われている。
ロ)女性同士の場合、他者の健康を害するといったおそれがない。
ハ)研究に使用される細胞が同意のある被験者の細胞で行われる。
(2)よって、本件研究を規制する中止命令は法を違憲的に適用しているため許されない。
検察の反論2
検察官としては、本件中止命令は適法である旨の反論を行う。すなわち、本件研究であっても法が規制するものと異ならないということを主張する。
すなわち、
(1)クローン技術研究における規制には専門家および立法府に広範な裁量権がある。
(2)本件における被験者の同意があっても、実験の結果によっては被験者には処分しえない社会秩序に大きな影響を与える可能性が高い。
(3)よって、法の規制目的に沿った中止命令であり適法である。
今回の問題も非常に難しいものでした。これを受験生レベルで検討せよというのはかなり無理があるような気がしますが、この本の第2部にはそのような問題が多くの掲載され、現に出題されているものもあるため、一度かんがえておくことでかなりの違いが出るのではないだろうか。ここで読んだ議論を理解することから始めよう。
また、本件解説において取り上げられている、特定杯の取扱については指針に委任されていることの適法性という主張は、上記の整理だとどのように絡めたら良いか悩んだため今回は入れなかった。また、BCの子を産む自由(13条)をXが主張するという第三者の権利の主張という憲法的な論点も含まれていたが、あまり現実的ではないような気がしたので取り入れなかった。
法律的知識だけでない多様な知見が論文を厚くするのだなということを感じた問題であった。