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【刑法7】被害者への盗品売却援助と盗品関与罪

刑法

今回は、事例から刑法を考える 事例17を素材に、被害者への盗品売却援助と盗品関与罪について考えみようと思います。素材判例は、最決H14・7・1です。

 

盗品関与罪は、財産犯のうち、領得罪(窃盗罪、強盗罪、詐欺罪、恐喝罪、横領罪)により領得された物を、運搬・保管・無償譲受け・有償譲受け・有償処分あっせんをした場合に成立する。したがって、盗品関与罪が問題となる場面においては、必ず本犯の存在が前提となる(罪責検討の対象となっているかは別として)、さらには、領得罪が成立している必要はない(構成要件に該当し違法であればよい)が、領得行為により財物の移転が生じているため、被害者もその存在が前提となる。そして、盗品関与罪にかかる行為をした者がいるわけである。

 

これらの登場人物との盗品関与罪の関係を考えてみると、まず、本犯については盗品関与罪は成立しない。これは、窃盗罪などの本犯によりすでに重大な違法を犯していることで、その評価はされ、盗品関与罪については共罰的事後行為(あるいは不可罰的事後行為)となると考えられている。もっとも、狭義の共犯においては盗品関与罪の成立が認められるから、これは共同正犯の場合にのみ当てはまるといえる。

 

そして、盗品関与罪に規定される行為類型を行った者には当然ながら盗品関与罪の成立が考えられる。ここで注意するのは、目的物が盗品であるという認識が各行為時に存在する必要がある。もっとも、保管罪に関しては、継続犯であることから、保管中に盗品であることの認識が生じたとしても成立する。また、親族間の特例により犯罪は成立するものの、刑は必要的免除される。この親族関係がいかなる者同士に必要であるかは問題となるが、判例は本犯者と盗品関与罪の行為者との間に必要であるとしている。

 

以上で盗品関与罪についての簡単な前提知識を確認したところで、被害者への盗品売却援助と盗品関与罪について考えてみようと思う。

 

被害者への盗品売却援助

上記のように本犯者と盗品関与罪の行為者については考えたがこれに被害者が関係するのが今回の問題である。つまり、盗品関与罪の行為者が行った行為が、被害者への有償処分あっせんであった場合についての犯罪の成否の問題である。

 

何らかの形で領得された盗品について、被害者が返還を求め、有償によりながらも、占有を回復している。このような場合において、有償処分あっせん罪は成立するだろうか。この問題を考えるには、盗品関与罪の保護法益について考える必要がある。

 

一般に盗品関与罪の保護法益は被害者の有する財物に対する追求権であると考えられている。つまり、本犯により領得された財物が譲渡されたりすることにより、被害者による回復(追求)が困難になるということを防ぐ必要がある。そして、この追求権に加え、本犯助長性という観点も盗品関与罪の保護法益を考える上で重要とされている。

 

そこで、判例をみると、最決H14・7・1は

「盗品等の有償の処分のあっせんをする行為は、窃盗等の被害者を相手方とする場合であっても、被害者による盗品等の正常な回復を困難にするばかりでなく、窃盗等の犯罪を助長し誘発するおそれのある行為であるから、刑法256条2項にいう盗品等の「有償の処分んのあっせん」に当たると解するのが相当である」として、従来の判例を踏襲しており、やはり盗品等の正常な回復という追求権と本犯助長性の二つの観点から考えていることがわかる。もっとも、この二つの観点の関係については明示されていない。

 

ここで、本犯助長性のみが保護法益であるとする物的庇護説という学説も存在するようだが、これによれば、被害者が単に財物を取り戻そうとして譲り受けたとしても盗品関与罪が成立するおそれすらあり、批判がなされている。

 

ここでは、やはり、被害者による追求権が第一次的法益であり、本犯助長性は第二次的要素であると考えるのがだろうな気がする。そして、この追求権の内容をいかに考えるかという点からこの被害者に対する盗品売却援助の問題を考えるべきであろう。これについて、学説では、追求権の内容は「いわれなき負担を負うことなく盗品等の返還を求めることができる権利」としている。そして、上記判例の「正常な回復」についても「無償による回復」であると読んでいる。

 

このような解釈を採ったとしても、やはり有償処分あっせんをした者が被害者の委託を受け本犯者との交渉の上財物を有償で取り戻すといった場合、「いわれなき負担」を負っていることは間違いないため、財物返還に尽力してくれた者についても盗品関与罪が成立してしまう結果になりうる。このような場合には、事案の特殊性を考慮して成立を否定すべきであるとされるが、難しい問題になりそうである。