【刑訴4】X線検査と強制処分

今回は法学教室2016年5月号 演習 刑事訴訟法を検討していきます。素材判例は、最決H21・9・28です。

 

事案としては、警察官Kらが乙社が合成麻薬を密売している情報を得て内偵を進めた。乙社がA社から荷物を繰り返し受け取っている事実を知ったことからこの中身が合成麻薬である疑いを持った。そこで、Kらはこの荷物を配送しているS宅配便営業所長Dの許可を得てこれを借り受け、空港においてX線検査を行った。その結果、荷物の中に、錠剤様固形物が詰められている袋様が観察された。その後、本件荷物はDに返還され、当初の予定通り乙社に配送された。このX線検査の結果を疎明資料に用いて捜索差押許可状を請求し、これの執行として本件荷物を差し押さえたというもの。

 

設問としては、Kらの行った疎明資料の収集における適法性を検討せよというものである。

 

強制捜査と任意捜査の区別

本件においてはX線検査によりA社ないしは乙社の所有する財産について、これが何であるかを確かめるためるといった捜査方法がなされている。この様な捜査方法は、個人のプライバシー権を侵害するものと考えられ、何らの制限もなく認めることは許されないのではないかという問題が生じる。

 

警察等による捜査方法においては、その対象となる者の任意に基づく捜査がなされることが原則であり、逮捕や捜索差押などの捜査方法については強制捜査として裁判官の発する令状に基づいてなされなければならないとされている。つまり、問題となる当該捜査方法が強制捜査に当たるとすれば、裁判官の発する令状に基づかずになされた場合には、令状主義に反し、違法な捜査ということになる。そこで、当該捜査が任意捜査なのか強制捜査なのかの区別が問題となるのである。

 

判例の規範

強制捜査と任意捜査の区別については、百選1事件として刑事訴訟法の一番初めに登場する判例がある。この最決S51・3・16によれば、

強制手段とは、有形力を伴う手段を意味するのではなく、個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段を意味する

という規範を立てた。

 

もっとも、この「個人の意思を制圧し」という規範は、対象となる者が同意ないしは不同意を表明し得る状況における捜査にしか妥当しないと考えられることから、これを文字通り考えるのではなく、もし相手方が知れば当然拒否すると考えられる場合には、この推定的意思に反する場合には、「個人の意思を制圧し」たと言って良いと考えるべきである。

 

学説においても判例は、事案に応じて意思制圧説と、重要権利・利益侵害説を使い分けていると理解するものもある。

 

X線検査の性質

本件で問題となっているX線検査は、

その射影によって荷物の内容物の形状や材質をうかがい知ることができる上、内容物によってはその品目等を相当程度具体的に特定することも可能であって、荷送人や荷受人の内容物に対するプライバシー等を大きく侵害するもの

であるとされる。これは、素材判例である最決H21・9・28が判示したものであるが、続けて、この様な捜査方法は、強制処分たる検証に当たるとしている。そうだとすれば、検証令状に基づかずX線検査を行ったことは令状主義に反し、違法となるといえるであろう。

 

もっとも、設問では問われていないが、結果的に捜索差押令状に基づく執行として本件荷物は差し押さえられていることから、この荷物(合成麻薬)の証拠能力については別途の検討を要するであろうし、結論だけを考えれば、証拠能力は否定されないのではないかと思う。

 

 

この様に、強制捜査と任意捜査の区別の問題は、前述の51年決定から始まり、同意のない写真撮影や、電話傍受など、有形力の行使とは異なる権利利益の侵害について問題とされてきて、本件の様なX線検査という捜査方法にまでたどり着いた。これと関連して、おとり捜査などで用いられるコントロールドデリバリーなど位地情報を追跡する捜査方法など、これからも捜査方法の進化とともに問題となっていくかもしれない。基本的な判例をきちんと理解して、未知の問題にも対応できる様にしていきたい。

 

最後に、この本問の解説には、Dが本件荷物を任意提出し、捜査機関がこれを領置して、押収物に対する必要な処分として内容物を確認するという方法も指摘されている。この様な多角的な手続き的視点も重要だと感じる。